薬で抑えることがかえってからだに悪いことはわかるはずですが

検査用の綿棒で擦って細胞を採取してかりません

治療をつづける場合があります

30点満点で20点以下は認知症の疑いがあるとされますが、25点以下でも十分認知症の可能性がありますなお、検査用紙は事前に本人に見せないようにしてください。家族がこの用紙を使って認知症の検査を予習として行ってはいけません。あくまでも医師にこの検査を行ってもらい、認知症の診断を下してもらって処方を受けることが肝心ですなぜ家族が診察風景を見ることが必要なのかというと、受診した医師からもし認知症ではないと言われた場合、今見た診察内容の何を根拠に認知症ではないと判断したのか、その場で質問することができるからです。なお、告知は本人のためにならないことが多いので、告知するのであれば患者さんに診察室から出てもらう配慮を求めましょう。初診時問診票にそうした項目がなければ、欄外に「告知は家族へ」と書いてくださいいくら家族が診察風景を見て医師の判断をチェックしても、その場で入院させられると、事態は悪いほうへ進みがちです。

原因となっている病気を治療します

入院を勧めるのはおもに精神科の病院か病棟で、認知症をうつ病などと誤診しているケースも少なくありません幻覚や妄想が激しい患者さんや暴れる患者さんをおとなしくさせることに関しては、精神科医は慣れています。しかし、精神障害の発作を起こした比較的若い人を医療保護入院させるのと、認知症の周辺症状が強く出たお年寄りを落ち着かせるのとでは、対応において天と地ほどの開きがあるべきです。仮に前者であったとしても、精神科医に預けておけるのは2週間が限度だと思ったほうがいいでしょう。それ以上たつと、薬漬けになって社会に戻る力まで奪われてしまう場合もまれにあります高齢者を扱う日本老年精神医学会のアンケートで認知症がわからないと回答した精神科医が半数います。すべての精神科医のなかで認知症を理解している医師は、2割といったところでしょう。

 

それだけ多様な事情があると考ほかの病気なら

映子さんは、そういった「会話」を別におかしなこととは思わず、世の中ではみんなこうやって通じ合っているんだと感じて、ちょっと感心したと、のちに医師へ語っています。しかし周囲の人にとっては、映子さんのひとりごとは見すごすことができないものでした。びみられ、同僚からは、病気ではないかと心配されていました。仕事中もたびた会社から家族に連絡が入り、結局、映子さんは精神病院に入院することになりました。薬物療法によって幻聴はなくなり、2カ月ほどで退院しましたが、胸が苦しい症状が残りました。

医学的な分類方法とは違った独自の方法ですがそこで、別の病院に移り、薬も変えました。胸の苦しさは治りましたが、それは強い薬だったために、1年ほどして、映子さんは飲むのをやめてしまい数カ月後、今度は好きだった人の「声」が聞こえるようになりました。映子さんは、その声がうれしくて気持ちを高ぶらせ、翌日にはその人の家にいきなり押しかけたり、高価なプレゼントを宅配便で送りつけるようになりました。そのため、再度入院となりました。このときは、退院までに半年ほどかかりました。

薬を使って維持する
ストレスで緊張が続く時も

ガンや心臓病をはじめとする

とにかくやめて、24時間を、1週間を、1か月を全部自分の都合で決められる幸せをしみじみ思います。母親に対しても『私、○日から△日まであいているからそっちへ行けるわ』と存分に親孝行ができる。実家へ帰っても日曜日にあわてて帰京しなくてもいいのが幸せですそれ以外にも、南田さんは「いままで味わったことがなかった幸せをいくつも味わうことに。たとえば会社をやめてまもなく夫がたまたま怪我をして入院。それ自体は不幸でしたが、何十年も入院などしたことがなかった夫の2週間ほどの入院中、毎日病院へ通いました。存分に看病できる幸せ。当然、夫も喜びました。最低限度の人間関係はつきまとうのでそれなりのストレスは


病気に直面した人にとって

結婚した当初から忙しく仕事をしていた南田さんは、夫に満足に「いってらっしゃい」と送り出し、「おかえりなさい」と迎えたことはほとんどありません。仕事をやめて、家にいる時間が多くなると、食事もせっせと作るように。自然と夫も早く帰宅するようになり、2人で家で食事をとったり、ときには外食をしたり。遊びにでかける機会も増えていきました。現在はメークアップアーチストとしてフリーランスで仕事をするほか、美容学校でも教え、月の半分程度仕事を入れ、残りの時間はフリー。